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最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)56号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人奥野彦六上告趣意書第一點は本件ニ付テハ被告人ニ刑法第六十六條ヲ適用セサル法令違反アルモノトシテ之ヲ上告理由トスル論旨左ノ如シ

一、本件ニ於テ特ニ重視スヘキハ被告人米倉ノ年齢ノ點テアル被告人ハ犯行當時ノ昭和二十一年ニ於テハ二十歳テアリ今年テモ僅ニ二十一歳ノ青年テアル此青年ニ對シ懲役五年ノ実刑ヲ科スルコトハ果シテ妥當テアロウカ原判決ハ謂ワノテアロウ被告人カ年少ノ青年テアルコトモ充分ニ考慮ニ容レテ居ルテハナイカタカラ彼ハ強盜罪ヲ犯シタニモ不拘其所定刑期中ノ最短期ヲ科シタモノテアルトシカシ形式的ニ法律ヲ適用シテ事案ヲ片付ケテシマウコトハ簡單テアルカソレテハ被告人ハ心カラ納得承服シナイ問題ノ真相ニ徹シテ事件ノ核心ニ觸レ之ヲ把握シテ具體的妥當ナ判決ヲ下スコトカ裁判ノ要諦テアルト思フ本件ニ對シ被告人カ飽ク迄上告ヲシテ居ルノハ本人又ハ肉親者ノ間ニナニカオソレ入ル氣持ノ出ナイ或ル物カ從前ノ裁判ニアッタノテハナカロウカ

二、人ハ少年、青年ノ時ノ教育、環境ノ如何ニ依ッテ生涯ノ運命動向カ決定サレル而シテ現在ノ拘置所カ決シテ教育刑ノ目的ヲ等閑ニ附シテイルトハ考ヘラレナイカ青雲春秋ニ富ム子弟ニトッテ拘置所ハ教育ノ關門テハナイ一般社會ニ於テ之ヲ善導鞭撻スルニ若クハナイ況ンヤ五年ノ長イ間拘置所ニ入ルコトニナレハ本件被告人ノ場合ニ於テハ人生ノ最モ大切ナ修養ノ時期ヲ此處ニ送ルコトニナッテ出所スルトキハ彼ハ立派ナ一人前ノ惡人前科者ニナッテシマイ科刑ノ目的ハ徒ニ被告人ヲシテ前科者ニ欠クルコトナキ修業ヲナサシムル結果ニ終ハラナイトハ誰カ斷言出來ルテアロウカ

三、刑法第六十六條ノ適用カアル場合ハ犯罪ノ客觀的状態カ憫諒スヘキ事情ノミヲ謂フノテハアルマイ犯人ノ主觀條件モ充分考慮ニ容レル餘地カアルテアロウト思フ而シテ犯人カ特ニ若輩テアルトカ老齢テアルトイフコトハ同條ヲ適用スルカ否カニ付イテ至大ナ關係カアルモノト思考スル少年法ノ制定ハ国家カ特ニ少年ノ犯罪ニ對シ重大ナ關心ヲ有ツテ居ルコトヲ示シ同法ノ存在ハ誤レル少年ヲ保護シテ真人間タラシムルコトニ国家カ多大ノ努力ヲ拂ッテ居ルコトヲ表明スル而シテ同法ハ或ル場合ニ於テ滿二十三年ノ青年迄モ之ヲ對象トスルコトカ出來ル旨ヲ規定シテ居ル果シテ然ラハ刑法第六十六條ノ規定ハ裁判官カ個々ノ事案ニ對シテ憫察セル主觀的ナ慈悲ヤ恩惠ノ結果ヲ意味スルモノテハナク一定ノ條件ノ下ニ於テハ裁判所ハ進ンテ酌量減輕スル責務ノアルコトヲ示スモノト考ヘル

四、然ルニ本件控訴審ヲ見ルト尠クトモ被告人米倉ニ對シテ刑法六十六條ヲ適用スルノ餘地アリヤ否ヤニ付テ考慮ヲ拂ッタ形跡カナイナントナレハ被告人等ノ素行、家庭ノ状況等ヲ立證セントスル辯護人ノ申請シタ證人ハ悉ク却下サレテ居ルカラテアル若シ裁判所カ一点被告人等ノ年齢ニ留意スルナラハ自ラ進ンテ両親、兄弟ノ人格・家庭ノ状況・幼児ノ性癖・交友・教育・趣好等ニ關シテ具ニ取調ヘ彼ニ反社會性有リヤ否ヤ矯正ノ餘地有リヤ否ヤ等々ニ充分ノ心證ヲ得タル上其餘地アリト判斷シタナラハ刑法第六十六條ヲ適用スルノニ吝カテハナカッタテアロウ然ルニコト茲ニ出テス漫然第一審ノ判決ヲ踏襲シタコトハ全ク控訴審カ存在スル趣旨ヲ没却スルモノト謂ハネハナラヌ

五、シカシ一件記録ヲ見ルト被告人カ犯行前ハ特ニ表彰スヘキ模範青年テナカッタニモセヨ普通一般ノ青年トオナジク將來ハ善良ナ日本人トシテ新憲法下ニ於ケル国民ノ權利義務ヲ充分ニ果シ得ル資格ヲ有ツテ居ツタコトハ居住町長ノ證明書第一審ニ於ケル被告人ノ母ノ證言各取調ニ對スル被告人ノ供述シタル自己ノ履歴家庭ノ状況等ニ依ッテ之ヲ看取スルコトカ出來ル況ンヤ被告人ニハ前科モナク今迄一回テモ警察等ノ取調ヲ受ケタコトモナイテハナイカ本件犯罪ハ敗戰直後ノ社會ノ混迷秩序ノ紊亂ニ乗シテ全国各所ニ発生シタ社會ノ病的現象ノ一種テアッテ一件記録ニ依ルト思考性格未タ定マラヌ被告人等ノ全ク一時ノ出來心ニ起因スルコトカ明白テアル

六、殊ニ形式的ニ律スレハ本件ハ強盜罪ヲ成立セシムル法律要件ヲ具備スルヨウテアルカ記録全般ヲ讀ンテ仔細其ツ公平ニ觀察スルトムシロ恐喝罪ト見ル方カ無理カナイヨウニ思フ辯護人ハ敢テ本件ニ限ラス新憲法ノ下最高裁判所カ形式的觀念的ニ法律ヲ取扱フコトヲ一切拂拭排除セラレテ如実ニ事案ヲ洞察セラレタル上具體的妥當ナ判決ヲ下サレ救国濟世一人ノ無辜ナカラシメンコトニ勇往邁進アランコトヲ切望スル次第テス

七、刑法第六十六條ハ之ヲ適用スルト否トハ裁判所ノ自由裁量ニ任シテアルヨウニトレルシカシ犯罪ノ客觀的條件又ハ犯情ノ主觀的状態カ憫諒スヘキ場合ニ於テハ裁判所ハ同條ニ基キ當然酌量輕減シナケレハナラヌモノト思フシタカッテ酌量輕減ノ餘地アリヤ否ヤノ判斷ノ當否ハ亦上告ノ理由ニナルト考ヘル

八、殊ニ刑訴應急措置法ニ依ルト刑事訴訟法第四百十二條ノ規定カ適用出來ナイコトニナッタカ新憲法ハ第三章ニ国民ノ權利義務トシテ基本的人權ノ享有ト之ニ伴フ個人ノ尊重ヲ保障シテ其第八十二條ニ於テハ之カ問題トナッテ居ル事件ノ對審ハ特ニ公開スルコトニシテ居ルカラ新憲法ノ下ニ於ケル裁判カ個人ノ尊重ト基本的人權ノ享有ニ對シテハ一層ノ留意ヲ要スルコトハ論ヲ俟タヌ然ルニ刑ノ量定ノ當不當殊ニ刑ノ量定カ著シク不當ナコトハ個人ノ尊重ヲ侵害シ基本的人權ヲ蹂躪スルモノト謂ハネハナラヌシタカッテ舊憲法下ニ於テモ刑ノ量定カ著シク不當ナ場合ニハ上告カ出來タモノカ新憲法ノ下ニ於テカヘッテ救濟出來ナイトハ考ヘラレナイテアルカラ刑法第六十六條ハ之ヲ適用スヘキ事情アルニ不拘裁判官ノ主觀的肆意又ハ懈怠ニ依ッテ適用セサルトキハ新憲法ノ趣旨ニ反スルモノトシテ上告ノ理由アルモノト考ヘル而シテ本件ニ於テハ一件記録ニ徴シ被告人ニ對シ酌量減輕スヘキ餘地カアルニ不拘刑法第六十六條ヲ適用セサルコトヲ以テ上告ノ理由アルモノト思フというにある。

刑法第六十六條は犯罪の情状憫諒すべきものは酌量して其の刑を減輕することを得と規定しておるから酌量減輕は裁判所が各場合について犯罪の情状を審究しその職權裁量によって許否すべきものであることは言を俟たないところである。さて本件において原審は被告人の年齢その他諸般の情状を斟酌して酌量減輕を許さなかったことは明かであって酌量減輕をすべき情状があるに拘わらず原審裁判官がその主觀的肆意又は懈怠によって酌量減輕の規定を適用しなかったと認めることはできない。然らば原審には何等違法の廉なく所論は結局原審の量刑不當を論難するに歸着し論旨は理由がない。

同第二點は論旨第二點刑事訴訟法應急措置法カ刑事訴訟法第四百十二條ニ依ル上告ヲ排除シタ點ハ憲法ノ違反ニナルモノト思フ刑ノ量定ノ當不當ハ新憲法ニ依リ国民ニ保障サレタ基本的人權ニ關スル問題テアル蓋シ刑ノ量定カ著シク不當ナ場合ニ於テハ個人ノ生命自由幸福ノ追求ニ對スル權利カ著シク毀損サレルカラテアル然ルニ舊憲法ノ下ニ於テモ刑ノ量定カ著シク不當ナ場合ニハ之ヲ以テ上告ノ理由トスルコトカ出來タニモ不拘新憲法ノ下ニ於テハ一切ノ法律・命令・規則又ハ處分カ新憲法ニ適合スルコトヲ要シ(憲法第八十一條)而シテ国民ノ基本的人權ハ最モ尊重スヘク憲法ハ要求シテイル場合ニ於テ刑事訴訟法應急措置法カ刑事訴訟法第四百十二條ノ適用ヲ排除シ刑ノ量定ノ著シク不當ナ場合ニ之ヲ以テ最高裁判所ニ上告スルコトカ出來ナイトナシタ點ハ憲法第九十七條カ「この憲法が日本国民に保障する基本的人權は人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であってこれらの權利は過去幾多の試錬に堪へ現在及び將來の国民に對し侵すことの出來ない永久の權利として信託されたものである」トスル宣言ニ反スルモノテハナイカ殊ニ本件ノ場合ニ於テハ此刑事訴訟法第四百十二條ノ規定ノ適用ヲ排除サレタコトハ被告人ノ基本的人權カ著シク毀損サレタコトニナルカラ刑事訴訟法應急措置法第十三條ノ制定ハ結局憲法ノ殊ニ其第三章ニ規定スル国民ノ基本的人權ヲ侵害スルモノト信シテ茲ニ上告スルといふにある。

三審制を採用する裁判制度において上告審をもって純然たる法律審即ち法令違反を理由とするときに限り上告をなすことを得るものとするか又は法令違反の外に量刑不當若しくは事実誤認を理由とする上告を認め事実審理の權限をも上告審に與えるかは一に諸般の事情を勘案して決定せらるる立法政策の問題である。言いかえればこれをいづれに定めるかは立法上の當否の問題ではあるが憲法上の適否の問題ではあり得ない。憲法には特にこれを制限する何等の規定もないのであるからこれを孰れに決定するも国民の基本的人權を侵害するものであると言うことはできない。果して然らば舊憲法時代において刑事訴訟法第四百十二條の規定により量刑不當をもって上告の理由となすことを許しておったに拘わらず日本国憲法の施行に伴ふ刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十三條第二項の規定により前示刑事訴訟法の規定の適用を排除し刑の量定甚しく不當なりと思料すべき顕著なる事由があるときでも上告の理由となすことができないと定めても毫も国民の基本的人權を侵害することにはならない。從って国民の基本的人權を侵害することを理由として右規定を憲法違反なりとする論旨は理由がない。

よって本件上告は理由がないから刑事訴訟法第四百四十六條により主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 庄野理一 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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